売掛金などの債権を第三者へ移転する「債権譲渡」は、資金調達や債権回収、ファクタリングなど幅広い場面で利用されています。
債権譲渡契約は、原則として譲渡人と譲受人の合意によって成立するため、必ずしも公正証書を作成しなければならないわけではありません。
しかし、取引金額が大きい場合や、後日の契約内容をめぐるトラブルを防ぎたい場合には、債権譲渡契約を公正証書にする方法があります。
公正証書は公証人が作成する公文書であり、一般的な私文書と比較して高い証明力を持つ点が特徴です。
一方で注意したいのが、「債権譲渡契約を公正証書にすれば、それだけで債務者や他の債権者に債権譲渡を主張できる」というわけではないことです。
債権譲渡では、公正証書の作成と「対抗要件」は別々に考える必要があります。
この記事では、債権譲渡を公正証書にするメリットから、通知・承諾・債権譲渡登記、強制執行認諾、公正証書の作成方法、ファクタリングとの関係までわかりやすく解説します。
債権譲渡とは?
債権譲渡とは、債権者が持っている債権を別の人や会社へ移転することです。
企業間取引では、資金調達を目的として売掛債権をファクタリング会社へ売却するケースが代表例です。
民法では債権は原則として譲渡することができ、現在まだ発生していない将来債権についても譲渡が認められています。
もっとも、将来債権を契約の対象とする場合には、どの取引から発生する債権なのかを識別できるように設計することが重要です。
債権譲渡は公正証書にしなくても成立する
債権譲渡は、譲渡人と譲受人の合意によって成立します。
そのため、法律上、公正証書の作成が一般的な成立要件とされているわけではありません。
・債権譲渡契約書
・債権売買契約書
・ファクタリング契約書
実務では、上記等を作成し、対象となる売掛債権を明確にしたうえで譲渡します。
公正証書を作成する主な目的は、債権譲渡自体を成立させることではなく、
「どのような契約を締結したのか」を強い証拠として残すことにあります。
公証人が作成する公正証書には、文書の成立について真正であるとの強い推定が働くと日本公証人連合会も説明しています。
したがって、将来契約内容について争いが発生する可能性が高い取引では、公正証書化に一定のメリットがあります。
公正証書と債権譲渡の対抗要件は別
債権譲渡で特に重要なのが「対抗要件」です。
譲渡人と譲受人の間で債権譲渡契約が成立していても、それだけでは債務者や第三者との関係ですべての問題が解決するわけではありません。
民法467条では、債権譲渡を債務者に対抗するためには、原則として譲渡人から債務者への通知または債務者による承諾が必要とされています。
さらに、他の譲受人など債務者以外の第三者に対抗するためには、その通知または承諾が「確定日付のある証書」によって行われる必要があります。
ここが公正証書との関係で非常に重要です。
「債権譲渡契約を公正証書にしたこと」と
「債権譲渡の対抗要件を備えたこと」は別の問題です。
公正証書を作成しただけで安心せず、必要に応じて通知・承諾・債権譲渡登記などを適切に行う必要があります。
確定日付のある通知・承諾が重要な理由
同じ売掛債権が複数の会社へ譲渡される「二重譲渡」が発生すると、どの譲受人が優先するのかが問題になります。
このような第三者との優劣関係を判断するうえで重要になるのが、確定日付のある通知または承諾です。
実務では、債権譲渡通知を内容証明郵便などによって送付する方法が利用されます。
ただし、「発送した日」だけではなく、相手方への到達時期が問題になるケースもあるため、配達状況まで証拠として保存しておくことが重要です。
債権譲渡契約書そのものに確定日付を取得していたとしても、それだけで民法467条の第三者対抗要件が完成するわけではありません。
「契約書の日付」と「債権譲渡通知・承諾の対抗要件」は区別して考えましょう。
債権譲渡登記を利用する方法もある
法人が金銭債権を譲渡する場合には、「債権譲渡登記」を利用する方法もあります。
債権譲渡登記制度は、法人が行う金銭債権の譲渡について、債務者以外の第三者に対する対抗要件を簡便に備えるための制度です。
多数の売掛債権をまとめて取り扱う場合などでは、個々の債務者へ確定日付のある通知を送付する方法よりも実務上利用しやすいケースがあります。
ただし、ここでも注意が必要です。
債権譲渡登記を行っただけでは、原則として債務者本人に債権譲渡を対抗できません。
法務省によると、債務者に対して債権譲渡を主張するためには、登記をしたことを証する登記事項証明書を交付して通知するなど、別途所定の手続きが必要です。
ファクタリングにおいて債権譲渡登記を利用する場合も、
「第三者に対する対抗要件」と
「売掛先に対する対抗要件」を分けて理解することが大切です。
公正証書にする最大のメリットは証拠力
債権譲渡契約を公正証書にする大きなメリットは、契約内容を強い証拠として残せることです。
・譲渡対象となる売掛債権
・譲渡金額
・譲渡代金
・支払期日
・通知や登記への協力義務
・二重譲渡をしていないこと
・債権が実在していること
・債権の回収状況
・契約違反時の責任
特に上記について明確にしておけば、後から「そのような約束はしていない」と争われるリスクを抑えやすくなります。
対象債権については、単に「売掛金一式」と記載するのではなく、債務者名、原因契約、請求金額、請求書番号、支払期日などを利用し、どの債権を譲渡したのかを識別できるようにすることが重要です。
強制執行認諾付き公正証書とは?
公正証書には、一定の要件を満たすことで裁判による判決を取得することなく強制執行へ進めるという大きな特徴があります。
ただし、すべての公正証書に強制執行力があるわけではありません。
金銭の支払いを目的とする債務について、債務者が「支払わない場合には直ちに強制執行に服する」という趣旨の陳述をした公正証書、いわゆる強制執行認諾文言付き公正証書が必要です。
債権譲渡契約の場合には、たとえば契約上発生する確定した金銭支払義務について、条件を満たせば執行証書として設計できる可能性があります。
しかし、A社からC社への債権譲渡契約を公正証書にしたからといって、それだけで売掛先B社の預金などを差し押さえられるわけではありません。
公正証書による強制執行力が問題になるのは、その公正証書に記載され、執行認諾の対象となっている金銭債務です。
債権譲渡によって取得した売掛金を債務者から回収することと、譲渡人・譲受人間の契約上の金銭債務について公正証書を使って強制執行することは分けて考える必要があります。
実際に強制執行を行う際には、原則として執行文が付与された公正証書正本や送達証明書などが必要になります。
債権譲渡の公正証書に記載しておきたい内容
債権譲渡契約を公正証書化する場合は、まず譲渡対象となる債権を明確にします。
売掛債権であれば、売掛先、原因となった契約、請求額、支払期日などを記載し、別の債権と混同しないようにします。
また、譲渡人には、
「対象債権が実在していること」
「既に第三者へ譲渡していないこと」
「既に弁済を受けていないこと」
などを表明・保証してもらうことも実務上重要です。
・譲渡制限特約の有無
・相殺の可能性
・債務者からのクレームや抗弁の有無
・通知や登記への協力義務
・契約違反が発生した場合の処理
上記なども契約内容に応じて検討します。
特にファクタリングでは、架空債権や二重譲渡を防止するため、債権の実在性や既存譲渡の有無を確認することが重要になります。
譲渡制限特約がある場合の注意点
取引基本契約書などに「売掛債権を第三者へ譲渡してはならない」という譲渡制限特約が定められているケースがあります。
2020年4月施行の改正民法では、譲渡制限の意思表示があった場合でも、原則として債権譲渡自体の効力は妨げられない仕組みに変更されました。
ただし、譲受人が譲渡制限の存在を知っていた場合や、重大な過失によって知らなかった場合などには、債務者側が譲受人への履行を拒むことができる場面があります。
そのため、「民法が改正されたので譲渡禁止特約は無視してよい」という理解は適切ではありません。
ファクタリング会社が売掛債権を買い取る場合にも、売掛先との基本契約書を確認し、譲渡制限特約の有無を把握しておくことが重要です。
相殺によって回収額が減る可能性もある
債権譲渡を受ける際には、債務者が譲渡人に対して反対債権を持っていないかも確認する必要があります。
一定の要件を満たす場合、債務者は譲渡人に対して持っている債権との相殺を譲受人に主張できることがあります。
民法469条では、債権譲渡が行われた場合の相殺について規定されています。
そのため、帳簿上100万円の売掛債権が存在しているからといって、必ず100万円全額を回収できるとは限りません。
ファクタリング会社など譲受人側では、売掛先との取引状況や返品、値引き、損害賠償、未払債務などについても確認する必要があります。
公正証書作成の流れ
公正証書を作成する場合は、まず当事者間で契約内容を固めたうえで、公証役場へ相談し、契約内容や必要資料について事前に公証人と調整します。
- 契約内容を整理する
- 公証役場へ相談する
- 契約書案や関係資料を提出する
- 公証人と文案を調整する
- 本人確認・意思確認を行う
- 公正証書を作成する
という流れになります。
なお、現在の公正証書制度については注意が必要です。
2025年10月1日から公正証書の作成手続きがデジタル化され、法務大臣が指定する公証人が作成する公正証書は、原則として電磁的記録によって作成される仕組みとなっています。
また、当事者から申出があり、他の当事者に異議がなく、公証人が相当と認める場合など一定の条件を満たせば、Web会議を利用した作成も可能です。
したがって、現在は「必ず本人が公証役場へ出頭しなければならない」と一律に説明することは適切ではありません。
代理人による作成が認められる公正証書もあり、その場合には委任状などが必要です。
公正証書作成に必要な書類
必要書類は当事者が個人か法人か、本人が手続きするか代理人を利用するかによって異なります。
法人が本人として公正証書を作成する場合には、代表者の資格証明書や法人の登記事項証明書、代表者印の印鑑証明書などが必要になります。
代理人を利用する場合には、委任内容を記載した委任状や代理人の本人確認資料なども必要です。
印鑑証明書や登記事項証明書などについては、発行後3か月以内のものが求められる場合があります。
具体的な必要書類は公正証書の内容によって異なるため、作成を依頼する公証役場へ事前確認することが重要です。
公正証書の作成費用
公正証書の手数料は、公証人が自由に決定するものではなく「公証人手数料令」に基づいて計算されます。
2025年10月1日から手数料体系が改定されており、法律行為に関する公正証書では、原則として契約の「目的の価額」に応じて基本手数料が決まります。
現在は、目的価額50万円以下で3,000円、50万円超100万円以下で5,000円、100万円超200万円以下で7,000円などと定められており、目的価額が大きくなるにつれて手数料も上がります。
このほか、証書の枚数、正本・謄本の交付、執行文の付与、送達などによって追加費用が発生する場合があります。
弁護士などの専門家に契約書作成や法律相談を依頼する場合には、公証人手数料とは別に専門家への報酬も必要です。
ファクタリングと公正証書の関係
ファクタリングは、企業が保有する売掛債権をファクタリング会社へ譲渡し、支払期日前に資金化する仕組みです。
適正なファクタリングであれば、基本的な法的構成は売掛債権の売買です。
そのため、ファクタリングを利用するたびに公正証書を作成しなければならないわけではありません。
実際のファクタリングでは、債権の実在性、売掛先の信用力、支払期日、二重譲渡の有無、譲渡制限特約などを確認したうえで債権譲渡契約を締結することが重要です。
また、2社間ファクタリングと3社間ファクタリングでは、売掛先への通知や承諾の有無など実務上の運用も異なります。
公正証書は契約内容を強く証明するための手段の一つですが、債権譲渡の安全性を確保するには、公正証書だけではなく対抗要件や債権調査まで含めて考えなければなりません。
まとめ
債権譲渡契約は、原則として公正証書を作成しなくても成立します。
公正証書を利用する主なメリットは、公証人が作成する公文書として契約内容を明確に残し、後日の紛争を防止しやすくなることです。
また、一定の金銭債務について強制執行認諾文言を設けた公正証書であれば、要件を満たすことで裁判による判決を取得せずに強制執行へ進める場合があります。
ただし、公正証書を作成しただけで債権譲渡の対抗要件が完成するわけではありません。
債務者に対しては譲渡人からの通知または債務者の承諾が必要となり、債務者以外の第三者との関係では確定日付のある通知・承諾が重要になります。
また、法人による金銭債権の譲渡では債権譲渡登記を利用できる場合があります。
特に売掛債権やファクタリングでは、債権の存在確認、二重譲渡、譲渡制限特約、相殺、対抗要件などを総合的に確認することが重要です。
公正証書は債権譲渡を安全に行うための有効な選択肢の一つですが、万能な制度ではありません。
「契約の証拠化」「対抗要件」「債権回収」をそれぞれ分けて考え、取引内容に適した手続きを選択することが大切です。

